『日本の刑事裁判の有罪率は99.9%』
大江圭太「猫を飼っていたんです」 日車寛見「続けて」 大江圭太「急に警察の人が話しかけてきて2人3人って増えてこのまま捕まっちゃったら猫が死んじゃうって。飼っちゃダメな決まりだったから飼ってるのは俺しか知らないから」 『岩手県盛岡市で2016年3月、女児とその母親計2人の刺殺体が自宅で見つかった事件。盛岡地検は近くに住む大江圭太を2人に対する強盗殺人の容疑で起訴した。逮捕までの経緯はこうだ。大江は巡回中の警官からの職務質問中に逃亡し、自宅に駆け込んだ所、追いかけてきた警官が血のついた刃物を発見。現行犯逮捕だ。後のDNA鑑定で刃物の血痕と被害者のDNAが一致している。大江は一貫して犯行を否認。証拠となった刃物に関しても』 大江圭太「拾ったんです。俺のじゃない」
清水「それは無理があるでしょ〜だって後ろめたかったから職質拒否ったんですよね?」 日車寛見「いや、彼は昔知人が薬物を使用していたことが原因で不当な聴取を受けたことがある」 清水「それがトラウマってことですか?だとしても拾ったって…血のついた包丁を?なんで?」 日車寛見「後で警察に届けるつもりだったそうだ」 清水「後でて!」 日車寛見「分かってる。言い分全てに無理がある。しかし、大江の環境…住み込んで働いているNPO法人のことを考慮するとあり得ない話じゃないと思えてくる」 清水「NPO法人?」 日車寛見「行き場のない高齢者に対するシェルター運営や自立支援が主な活動だ。大江はそこで仕事として彼らの世話をしていた。だが、彼に給料は支払われていない。お小遣いと称してお年玉を貰ったり弁当や食材の現物支給のみだ。にもかかわらず彼は月5万円を家賃として徴収されている。入居者には前科のある者も少なくないそうだ。更に拾得物の提出が遅れてしまった理由だが」
大江圭太〈呼んじゃダメな決まりなんです。パトカーや救急車、近所の人の迷惑になるから〉 清水「その団体かなりグレーですね…?」 日車寛見「あぁ、限りなくクロに近いグレーだ。ただでさえ東北は震災復興資金が流れ込んでくるから運営実体の怪しいNPO法人が増えている。凶器が落ちていても意外じゃない。大江がシロの可能性は十二分にある。まずは団体の活動実態と税務申告、全入居者の素性を洗い出す。俺はとことん大江から事情を聞き出すから清水は調査を進めてくれ。あと猫飼えるか」 清水「猫!?いきなり私の負担デカくないですか!?(国選なんてギャラ安いくせにやること多いんだから…世論は有罪一色だし…しかも殺人じゃ執行猶予つかないし死刑もありえる。やるだけ損でしょ…) もー!日車さん何で受けたんですか!こんな案件!」 日車寛見「たまにはいいだろう。楽な仕事ばかりじゃ腕が鈍る」 清水「(たまにじゃないじゃん!) たまにじゃないじゃん!」 日車寛見「思ったことがそのまま出てるぞ」
高木「あっはっは日車君は相変わらずってわけだ。ボス弁がお金に興味ないと大変だねぇ」 清水「高木さんみたいに副業で喫茶店やれとまでは言いませんけど…でも相変わらずって日車さんって昔からあぁなんですか?」 高木「ん?いいや?むしろ昔より酷くなってんじゃん?彼がウチにいた時ね、危険運転致傷を担当したんだけど、あ、飲酒運転ね。被告人は19歳で飲酒も運転も職場の人達に強要されたものだったの。でも関係者に口裏合わせられて示談金も用意できず執行猶予も取れなかったんだよねー」 〈嘘つき。無罪になるって言ったじゃないか!〉 高木〈なんとか執行猶予つくようにするって言ったけど、無罪になるなんて言ってないのにねぇ。これで懲りたでしょ、もう無理筋の刑事弁護なんてやめなよ。弱者救済なんて…そりゃ立派だけどさ、裁判所と検察の理解もなしに弁護士だけじゃ限界があるでしょ。依頼人に逆恨みされてまで続けることはないよ〉 日車寛見〈弱者は経済的にも精神的にも追いつめられています。私に当たるのも無理はない〉 高木〈君の精神はどうなるのさ、日車君〉 日車寛見〈…私は〉
裁判長「主文、被告人は無罪」 清水「本当に勝っちゃった…」 日車寛見「まだだ。すぐ控訴してくる」 清水「盗まれたものが大江さんの部屋に見当たらなかったこと、NPO内に犯行直後から行方不明になってる人がいたこと、あとは遺体から想定した犯行時刻にコンビニの防犯カメラに大江さんが映っているのが大きかったですね。大江さんが自炊しない人で良かったー」 大江圭太「日車先生…本当にありがとうございます」 日車寛見「先生は勘弁してくれ。それに気が早い。まだ二審がある」 大江圭太「そうじゃなくて俺を信じてくれてありがとう」
『控訴審(二審)、有罪無期懲役。限られた予算と人数で動かなければならない弁護側に対し、検察は税金とマンパワーを投入して証拠を上げる。それはいい、そういう仕組だ。だが、二審で検察側から新規の証拠は提出されず、「行方不明者の犯行と疑う理由はない」と無茶な事実認定が下され判決が覆った。三審の最高裁は狭き門。上告はほぼ門前払い。まともに審理されることすら難しい。この裁判は初めから、有罪ありきの…何故私をその目で見る』 高木〈君の精神はどうなるのさ、日車君〉 日車寛見〈…私は弱者救済など掲げてはいません。昔から自分がおかしいと感じたことを放っておけない性分でした。それが治ってないだけです。正義の女神は法の下の平等のために目を塞ぎ、人々は保身のためならあらゆることに目を瞑る。そんな中、縋りついてきた手を振り払わない様に私だけは目を開けていたい〉 裁判長「この判決に不服がある場合は本日を含めて15日以内に上告申立書を提出してください」
日車寛見「全員戻れ。やり直しだ」 『日車寛見 死滅回游 泳者(プレイヤー)』
|