あらすじ
ドストエフスキーとの心中を選び、自ら切腹した福地源一郎の元へ、猟犬のメンバーが集結する。福地は自身の死をもって転生を阻止し、親友である福沢諭吉に看取られながら息を引き取った。天人五衰事件は終結したが、武装探偵社はテロリストの汚名を着たまま一時閉業を余儀なくされる。日常が変わりゆく中、中島敦は「裏頁」の切れ端に導かれ、突如としてイギリスのロンドンへと転送される。
概要
本作の第一部完結編となる本エピソードは、長きにわたる「天人五衰事件」の戦後処理と、各キャラクターの進むべき道、そして第二部への壮大なプロローグとして構成されている。特に福地と福沢の友情の決着、猟犬メンバーの悲痛な叫び、そして中島敦と泉鏡花の精神的成長が克明に描かれる。また、物語の舞台が横浜から海外へ移るという衝撃のラストを迎え、第一部の幕を閉じる。
本文:第129.5話
1. 福地源一郎の最期と大倉燁子の激情
血を流し自らの腹を切り裂いた福地の元へ、猟犬の副長である燁子が泣き叫びながら駆け寄る。 燁子は隊長の名を呼び、その瞳からは涙が溢れ、明日から自分は一体どう生きればよいのか、貴方なしでどうすればいいのかと、その絶望を福地にぶつける。 福地は消えゆく意識の中で彼女の名を呼び、自身の最期を悟りながら、愛弟子に対し猟犬の未来と、守るべき正義を託すと告げる。 これに対し、燁子は福地のあまりにも身勝手な幕引きを狡いと責め立て、自分に後を追わせることさえしてくれない彼の無慈悲さを、泣き伏しながら拒絶する。
- 福地の選択: ドストエフスキーの転生を止めるため、他者の手を借りず自害を完遂した。
- 燁子の絶望: 唯一の理解者を失い、生きる指針を喪失した悲痛な叫び。
- 猟犬の継承: テロリストとしてではなく、軍警の長としての最後の遺言。
2. 福沢諭吉との最後の問答と転生の拒絶
そこへ、武装探偵社社長の福沢諭吉が静かに歩み寄る。 福沢は旧友の無惨な姿を前に、介錯の要否を問いかける。 しかし福地はそれを強く拒み、もし福沢が自分を斬れば、そこに奴が転生してしまうという最悪の事態を説明する。 ドストエフスキーの異能「罪と罰」による侵蝕を未然に防ぐ、福地なりの最後の守護であった。 福沢は、自らの命を犠牲にしてまで最善を尽くそうとする旧友を莫迦だと評するが、福地は不敵に笑い、自分の方が塾の評点は上だったと、少年時代のような軽口で返す。 死に直面してもなお、二人の間にはかつての純粋な友情の空気が流れる。
3. 幼き日の誓いと静かなる永眠
福沢は、福地の最期を看取るにあたり、後は任せろと告げ、少し休むよう促す。 福地は福沢の提案に対し、「嗚呼、それは善いな、とても善い」と答え、静かに目を閉じる。 福地は幼き頃、福沢と交わした会話を回想する。 回想の中で福地は、《俺は世界平和を願う!》と叫んでいた。 最後に福地は、また栗金団と焙じ茶を共にしたいという望みを口にし、安らかな表情で息を引き取る。
- 死の訪れ: 福地が息を止めた瞬間、空からは弔いの雨が降り始める。
- 回想の対比: 凄惨な戦場の現実と、純粋無垢だった少年時代の理想。
- 福沢の約束: 敵味方を超えた、一人の友としての情愛。
4. 猟犬メンバーの到着と鉄腸の慟哭
福地が息をとり、同時に空からは雨が降り始める。 現場には鉄腸と条野も到着するが、鉄腸は隊長の姿を見て激しく取り乱す。 「隊長っ!放せ条野っ!どうしてです!どうしてこんな……隊長!うわあああああああ」 と、鉄腸は絶叫し、条野はそれを必死に止める。
5. 天人五衰事件の終結と消えない傷跡
こうして天人五衰事件が終わったことが告げられる。 しかし、勿論、凡てが終わった訳ではない。 消えるべき傷の幾つかは消えずに残った。 特に武装探偵社に着せられた罪状については深刻である。 罪を元に戻すための“裏頁”はもう存在しない。 探偵社には、自身の罪状を糺すための長い裁判と、世間からの風評との厳しい戦いが待っている。 正義のために戦い抜いた彼らが、社会的には未だテロリストとして扱われ続けるという、残酷な現実が突きつけられた。
- 裏頁の消失: 世界改変の手段を失い、物理的な証拠が消滅した。
- 社会的制裁: 真実を知らぬ世論からの非難と、法的追及の継続。
- 正義の代償: 事件を解決した英雄が、犯罪者として隠遁を強いられる皮肉。
6. 武装探偵社の一時閉業と社長の宣言
探偵社の社員全員が集結する中、福沢諭吉は重い決断を下す。 福沢は社員たちを前に、状況の改善まで探偵社を一時閉業とすると言い渡す。 ナレーションは、何もかもが終わっていくと続ける。 ポートマフィアは内部を吸血種に蚕食されたことにより、深刻な弱体化を招いた。 その隙をついて他の組織が台頭しはじめている。 マフィアにとっても、組織の存続を賭けた厳しい戦いを強いられることになる。 フィッツジェラルドでさえ、変化の昏い跫音からは逃げられない。
7. 敦の空虚感と院長の声
世界情勢が流動化する中、敦はかつて自身を虐待し、しかし導こうともした院長との精神的な別れを告げた場所である空港の跡地に、花束を持っていく。 敦は何もかもが変わっていくと、変容し続ける世界を目の当たりにして独白する。 彼の脳裏には、亡き院長の声が響く。
敦は院長の声が聞こえるようだったが、振り向くとそこには鏡花が立っている。 鏡花は敦を案じ、大丈夫かと問いかける。
8. 敦と鏡花、土台を失った者の語らい
敦は鏡花に対し、
- 「ずっと過去を消したかった。でもいざ解放されるとふわふわして土台を失ったみたいな気分だ。どんな風に地面に立ったらいいのかもよく判らない」
と、自由を得たがゆえの戸惑いを口にする。 鏡花はそれに対し、好きに生きたらいいと説く。 土台がないなら好きなものになれる、自分も敦のおかげでそうなれたのだと彼を励ます。 敦もまた、自分が今ここに居るのも鏡花のお蔭だと返す。 あの時、もし一人だったら、あるいは鏡花と一緒に天井に隠れていなかったら、きっと自分は途中で折れて終わっていたと、これまでの歩みを振り返り、彼女への深い感謝を伝える。
- 敦の心理: 抑圧からの解放と、同時に訪れたアイデンティティの消失。
- 鏡花の成長: 救われる側から救う側へと変化した精神的自立。
- 共依存の昇華: 二人の絆が過去の傷を癒やす土台へと変わる瞬間。
9. 鏡花の秘めた想いと「裏頁」の発見
鏡花は敦を見つめ、自分の想いを伝えようとする。
しかし、彼に問い直されると照れ隠しのように「お腹減った!」と言い換える。 敦はそれを受け入れ、帰って湯豆府を食べようと答え、鏡花もお茶漬けを要望する。 その時、鏡花は瓦礫の下に落ちていた「裏頁の切れ端」を発見する。 特務課が回収し損ねたであろうその大事な物を手に取り、敦がそれを掲げると、突如として裏頁から光が降り注ぐ。
敦が驚愕する中、裏頁から声が響く。
敦は吸い込まれると叫びながら、その光の中に消えていく。
10. 第一部完結、舞台はロンドンへ
敦が次に目を覚ました時、そこは見知らぬ街路であった。 親切な通行人が、道端で倒れていた敦を心配して声をかける。 敦は混乱しながら、自分は何時の間にか寝ていたのだと答え、ここがどこなのかを尋ねる。 相手は、このような所で寝ていては風邪を引くと案じ、敦の名前を問いかけながら、ここが「倫敦(ロンドン)」であることを告げる。 ここで『文豪ストレイドッグス』第一部は完結となり、物語は長期休載を経て、第二部へと繋がることとなる。
まとめ
『文豪ストレイドッグス』第129.5話「別れ 後篇」は、長きにわたる天人五衰との死闘の終結と、それによって失われたものの大きさを描くエピソードであった。 福地源一郎という巨大な「正義」が散り、武装探偵社が事実上の解散状態に追い込まれる中、物語は救いではなくさらなる混沌へと突き進む。 特筆すべきはラストシーンにおける中島敦のロンドンへの転送である。消失したはずの「裏頁」が再び動き出し、敦を「約定の地」へと導いたことは、第二部における物語の規模が世界規模に拡大することを示唆している。 横浜という箱庭を飛び出した虎が、異国の地でどのような運命を切り拓くのか。第一部完結という大きな節目にふさわしい、衝撃と期待に満ちた幕引きとなった。 |